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Selfishly

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~ 好きなあの子を振り向かせる方法 1~3 


 ●●● ~ 好きなあの子を振り向かせる方法 ~ ●●●




★ Act1 『告白は強引に』


「これに懲りたら、余計な事に首を突っ込まない事だ。
 以上、判ったかね」

凛とした声で最後の文句を口にしたロイに、エドワードは不承不承頷いて
不満たらたらの口調で「判りました」と言って唇を窄ませている。
ロイはそんなエドワードの様子に内心苦笑を浮かべて、手元に置いてあった書類の束を取り出す。
「これは報告が上がってきた各地の錬金術師達の研究の概要を纏めたデーターだ」
そう告げると、今の今まで不貞腐れていた表情がパッと輝く。
「まじ? すげぇじゃんか!」
興味津々と目を輝かせてロイの手元の書類を凝視しているエドワード様子に、ロイは焦らす事無く
手渡してやる。
「君達の役に立つ研究内容ばかりではないだろうが、興味のある研究者がいたら
 訪ねてみると良いだろうと思ってね」
「うん! サンキュー」
そう返事を返すや否やいそいそと書類を手に、すぐさまにも立ち去りたそうな雰囲気を滲ませるエドワードに、
ロイは釘を刺しておく。
「その書類は一応極秘事項書類だ。読むならこの部屋で。持ち出しは不可だからな」
「えっー! ・・・・・・・・ケチ」
最後に口の中で呟かれた単語を拾い、片眉を上げてエドワードを睨め付ける。
「文句があるなら返して貰うが?」
そう言ってやると、しっかりと書類の束を胸に抱きかかえて大きく首を横に振ってみせる。
「ない! 全然、文句なんか無い!
 ここで十分。ここで読みたい!」
引き攣った笑みを貼り付けて、そう嘯くエドワード。
「宜しい。ではソファを貸そう。
 そろそろ中尉がお茶を運んできてくれるだろう」
机の書類に目を落としながらそう告げると、エドワードは大人しく座って資料を
繰り始めた。

――― さて・・・どうしたら良いものか。

熱心に資料を読み耽るエドワードを眺めながら、ロイは人差し指で米神を押さえて頬杖をつく。
視線の先ではエドワードの良く変わる表情が万華鏡のように移り変わって行く。
小さく唇をOの字に開いたのは、興味あるものでも見つかったからなのか。
眉を顰めて視線を険しくしているのは、彼にとって愉快ではない研究内容でも上げられているのだろうか。
1つの資料を読む中でも彼はじっとしていられないようだ。
ロイが緩む口元に微笑を湛えながら、そんなエドワードを観察していると。

――― コンコン ―――

と規則正しいノックが鳴らされ、静かに扉が開かれる。

「大佐、エドワード君、お茶をお持ちしました」

「ああ、ありがとう」
まずは自分の机にコーヒーを置いてくれたホークアイに礼を告げる。
トレーの上には2つのカップと茶菓子が乗せられていたが、ロイの下にはカップしか下ろされない。
茶菓子は彼女がエドワード用に準備したものなのだろう。

「はい、エドワード君」
そう告げてカップと山盛りにお菓子を乗せられた皿を渡してやれば、エドワードの表情が
嬉しそうに綻ぶのが見て取れる。
「やりぃー! 中尉、いつもありがとうな」
嬉々として菓子から手を伸ばすエドワードに、ホークアイも笑顔で返事を返す。
「どう致しまして。いつもエドワード君達にお土産を頂いてるお礼よ」
そんな彼女の言葉を聞き止めると。
「何だ、お土産は中尉にだけになのかい?
 私には一度も手土産は無かったが」
拗ねたような声を作ってそう言ってみる。
「・・・! ――― な~んでアンタに土産をやらなきゃならないんだよ」
べっーと舌を出してくるエドワードに、ロイは嘆かわしいと呟く。
「・・・資料に文献。情報まで提供している私に、少しは恩返しの気持ちを持っても
 罰は当たらないと思うんだがね・・・」
ふぅとわざとらしい溜息を吐いてやる。
「あんたのは下心ありありなのが見え見えなんだよ。
 毎回、任務を押し付けられるんだからチャラだ、チャラ」
フンと鼻を鳴らしてそう言うと、エドワードは再びお菓子を頬張りながら
資料に目を落し始める。
「やれやれ・・・・・」

彼の関心を惹くのは大変だ。
資料や文献、情報を提供しても、それを好意として渡させてくれないようにしているのは
エドワードの方だ。常に交換条件を口に出してくる彼に、ロイはエドワードが重荷に思うこと無いように
当たり障り内条件を渡してやっているに過ぎないのだが。

――― このままでは埒が明かないな・・・。

手懐けるにしてはエドワードは少々頑固すぎる。
あの歳で旅続きの暮らしをしなくてはならないのだから、子供らしく生きていられないのは判る。
そして・・・、ロイの気持ちを察するには――― 幼すぎる。
恋愛ごとに無縁で過ごしてきて機微に疎いのは仕方がない。
それはそれで、ロイの楽しみを増やしてくれると云うものだ。
エドワードにそれを教える相手は、自分でなくてはならない。
1から10まで、手にとり足をとり懇切丁寧に教えてやる気は満々だが・・・。

――― 全く意思の疎通も出来ないのでは、教えるドコロの話ではないし・・・。

それとなく折に触れて自分の恋心をアピールしてきたつもりではあったのだが、
エドワードにそれが通じているとは到底思えない。
ロイはコツコツと机を指で叩きながら思案する。

「大佐。またこちらが届いておりますが・・・」
お茶を置いて出て行ったホークアイが、重そうな封筒の束を抱えて戻ってくる。
扉を閉めずに出て行ったから、また戻ってくると思っていた予想は当たっていたようだ。
「また?」
何だろうと首を傾げようとして、それぞれの封筒の厚みを見て思い当たる物を思い浮かべた。
「・・・・・またそれか」
面倒くさそうなロイの返答に、彼女も困ったような表情で頷き返してくる。
「ええ・・・、例の物です」

ドサリと音を立てて置かれた物に、どちらとも声にしない嘆息を吐く。

「――― 何、それ?」

二人の奇妙な空気を察したのか(こういう処は察しが良いと云うのに・・・)、
エドワードは興味深そうにロイの机に置かれたものと、二人を交互に見比べている。
一瞬、何と言おうかと躊躇って遅れたロイが返事を返す前に、ホークアイが
あっさりと答えを言ってしまう。
「お見合い写真よ、大佐宛のね」
「お見合い写真?」
珍しい言葉を聞いたとばかりに、目を丸くして聞き返してくるエドワードにホークアイは
「ええ」と首肯してみせる。
「大佐はまだ独り身でいらっしゃるでしょ? それに軍の若手の中ではエリートで通っているから
 軍の中では結構優良物件と思われているのか、結構その手の話が届くの」
「へぇ~、そうなんだぁー。・・・まっ、傍にいなきゃ判んないもんだしな」
「ええ、本当に」
肩を竦めてそんな事を言うエドワードに、彼女もクスクスと笑いながら同意を見せる。
「・・・君達ね。――― 本人を前に、そんな傷つくような事を堂々と言い合わないでくれないか」
肩を落としてそう抗議すれば、二人はまたしても視線を交し合って笑い合っている。
「だってなぁ~」
「そう言われましても。ねえ?」
そんな失礼すぎる二人の部下達の態度に、ロイは肩を竦めて嘆息する。

そして・・・、ふと思いついた。

「・・・しかし、困ったもんだな。
 こう度々こんな物を寄越されては」
「――― そうですね・・・。ものがものだけですから、無視して送り返すわけにも行きませんし」
返すには送ってきた者にそれなりの手順を踏んで断らないと角が立つ。
中には「会うだけでも良いからと」ごねる者も多い。
こういう物を送ってくる相手は、大抵においてロイより立場が上の者であったり、
軍人ではないが社会的に地位が高かったりする者も多くて、余り邪険にも扱えないのだ。
「断るにも色々と面倒くさいし、時間も喰われる」
「少々困り物ですね」
そう言って溜息を落す彼女の頭の中では、これらを処理する時間を捻出するのに苦心しているのだろう。
若手と侮られているのか、ただのやっかみなのか、ロイに仕事を押し付けてくる上の所為で
ロイにはかなりの仕事量が回ってくるのだ。
上司に仕事が多ければ、必然的に彼の部下達の仕事量も増えてしまう。
「――― 毎回毎回これでは時間を喰われて仕方がない。
 何か来なくなるような手立てが必要だな」
「手立てですか・・・」

二人して思案している中に、御気楽な提案が飛び込んでくる。

「大佐が独り身なのがいけないんだろ? んじゃあ、そん中から気に入った人を
 選べばいいんじゃない?」

あっさりと告げられた提案に、ロイの米神に青筋が浮かびそうだ。

――― 全く・・・! 人の気も知らないで。

暢気に菓子を頬張りながら、面白そうに成り行きを見ているエドワードに罪は無い。
罪は無いが・・・・・腹は立つ。

だから、おかげで決心は付いた。先程思いついた手立てを実行しようと。

「・・・そんな簡単なものではないが、鋼のの提案も一理ある」
そんなロイの言葉に、ホークアイが驚いたように目を瞠り問うような視線を向けてくる。
「それは・・・そうですが。――― どなたか心を留められるような方が?」
「この中には居ないなだろうな」
「では・・・?」
以前の中で居たとでも云うのだろうか? 不思議そうに首を傾げてくる彼女に、ロイは
笑ってあっさりと否定する。
「過去の中にも居はしないさ」
「なら一体?」
訝しそうに問う様子を見せる彼女に、ロイは人の悪い笑みを浮かべて見せる。

組んだ手の甲に顎を乗せて笑みを湛えたまま、ロイは整理するように話だす。
「結婚とまでは行かなくとも、私に決まった相手が居れば良いわけだ」
そう切り出したロイに、ホークアイは困惑しつつも同意を示す。
「それは確かに」
「しかもそれを理由に断るのが簡単にもなり、割かれる時間も短縮できる」
そうだろう?と確認するように問えば、躊躇いがちに頷いて返される。
そして・・・。
「――― 確かに大佐のおっしゃる通りだとは思いますが・・・。
 どちらの方か心当たりがあっておっしゃっておられるのですか?」
この上司はホークアイの勘が当たっていれば、多分・・・。
「心当たりと云うか、本命が居るんだがなかなか良い返事を貰えなくてね」
そんな事を話し出す上司に、ホークアイはこの上司の話の矛先が読めてくる。
「・・・それは大佐の態度に問題があるからでは?」
そんなホークアイの指摘に、上司は心外そうに驚く振りを見せる。
「私が!? 私としてはこれ以上ないほど、好意を示しているつもりだったんだが」
愉しそうに返してくる上司の人の悪さに溜息を吐く。
「・・・真摯さが足らないのでは」
好きな子いじめのようにからかってばかりでは、伝わるどころか拗れるのがオチだろう。
「それは迂闊だったな・・・。私としては負担に思われてはと、遠慮がちに遠回しに
 伝えていたつもりだったんだがね」
「それは相手にも寄るのでは? 経験の豊富な方と比べられても困るでしょうし」
ちくりと嫌味を交えて言ってみてみも、この相手では全く堪えることもないようだ。
「それもそうだ」と軽く笑い飛ばすされる。

「それは私も先程痛感した処でね。・・・やはり飾らずストレートな方が判りやすいだろうと・・・ね」

そう言って視線を伏せてくすりと哂ったかと思うと。
先程から興味津々に二人のやり取りを窺っていたエドワードに向き直る。

「と云うわけだ。覚悟してい給え、鋼の・・・いや、エドワード」
いきなり話を振られたエドワードは驚いたように目を瞬かせる。
「おっ、俺が? な、何で?」
話の流れに付いていけずに、慌てるエドワードにロイはにっこりと笑って宣言した。

「それは簡単な理由だ。
 私の本命が君。エドワード・エルリックなのだから」

ああ、そう云う事と納得しそうになって、思わず言われた事を反芻して固まる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

たっぷり数分程、黙ってまま思考し・・・。

「えええええぇぇぇぇーーーーー!!!」

と天地をひっくり返すような叫び声を上げ、ブンブンと何度も首を大きく横に振る。

「あ、有り得ないだろ、それっ!
 何でアンタが俺を・・・・・・。

 うわぁ~性質の悪いジョーク・・・」
自分の腕で身体を抱くようにして身を振るわせて見せるエドワードに、
ロイは盛大な嘆息を吐く。
「君ねぇ・・・・・・。
 大体は予想がついていた反応ではあるが。
 そこまで強く否定されると ――――― 面白くないな」
機嫌を損なったように黙り込むロイに構う事無く、エドワードは否定し続け
この一幕の指すところを考え続ける。
「大佐の本命が俺!! さ、さ、最悪なジョークぅ・・・、おえっ~。

 けど、俺をカモフラージュに使うって魂胆なら ――― 考えられるか。
 でもなぁ~、それも無理ありありだぜ。
 女好きで誑しな大佐の本命が・・・俺っ~!!!」
噴出してはげらげらとお腹を抱えて笑い転げるエドワードの様子は、ロイの米神に
青筋を幾つも浮かび上がらせ、そして横に立つ副官のホークアイは、同情するような
眼差しをエドワードに注いでいる。

一頻り笑い転げて漸く気が済んだのか、エドワードはさばさばとした口調で
ロイに話しかけてくる。
「大佐ぁ。何とかしたいって気持ちは判るけどさ。その設定じゃ絶対に無理だぜ。
 どうせなら ―― ホークアイ中尉に頼んだら?」
そのエドワードの言葉に、ロイもホークアイもはぁーと大きな溜息を吐き出す。
「・・・君ね。往生際が悪いのも程ほどにしたまえ。
 私だってまだ命は惜しい。そんな事を頼んでみろ。彼女の銃の標的にされるのがオチだろうが。
 それに ――― 好きな相手が居るのに、そんな無粋な噂を広げてどうするんだ。
 
 何度でも言うが、私が好きな相手は・・・君だよ、鋼の。
 俄かには信じてもらえないだろうから、信じてもらえるまでアタックするつもりだ。
 だから覚悟しろと言ったんだ」
きっぱりと言い切るロイの口調にも態度にも、微塵も迷いも誤魔化しも無い。
その彼の様子に笑っていたエドワードの表情が強張る。
「・・・・・・う、嘘だろぉ。
 な、なぁ中尉! 大佐の性質の悪い冗談だよな」
縋るようにホークアイに話しかけてくるエドワードに、ホークアイは困ったような微笑を浮かべ。
「エドワード君・・・同情するわ。こんな人に惚れられてしまって・・・。
 でもこれで度々の業務の滞りが無くなると思えば・・・。

 それに大佐のプライベートに興味は無いし、嗜好のことをとやかく言う義務もないし。
 ・・・ごめんなさいね」
済まなさそうに告げられた彼女の言葉の方が、エドワードには大打撃だ。
「ちゅ、中尉ぃ~」
泣きそうなエドワードに、更に追い討ちをかけてくる。
「恋愛は自由よ。でも大丈夫。エドワード君が嫌がる事をするようなら、
 その時は私が制裁を加えて上げるから」
宜しいですねと念を押すようにロイに確認してくる彼女に、ロイは勿論だと力強く頷き返した。
「と云う事で、後はお二人の気持ち次第ですから、私は失礼させて頂きます」
そう告げると、さっさと部屋を出て行こうとする。
「ちゅっ・・・中尉! ま、待って。待ってくれよ! お、俺も・・・」
慌てて腰を上げようとしたエドワードの肩ががっしりと捉まえられる。
「ありがとう中尉、そうさせてもらうよ。
 さ~てエドワード、君が信じてくれるまでゆっくりと話そうじゃないか」
にっこりと笑う顔が恐ろしすぎる・・・。

「い・・・・いやだぁ~~~!!!!」

エドワードの悲鳴が執務室に木霊しその余韻が消え去る前に、エドワードは執務室から
脱兎の如く走り出して行ってしまった。


「やれやれ・・・、本当に往生際の悪い」
ロイは口の端を上げ笑う。
「逃がさないよ、エドワード」



この大佐の告白劇は、一日と経たずに司令部内を隈なく広がり渡った。
ホークアイ中尉の尊厳を守る為に言っておけば、広げたのは当然彼女ではない。
嬉々として広げ、外堀と牽制を講じたロイ当人であった。

 







 
 ●●● ~ 好きなあの子を振り向かせる方法 ~ ●●●




★ Act2 『餌付けは少しずつさりげなく』



「鋼の錬金術師殿と弟のアルフォンス様ですね」

エドワードとアルフォンスはぐるりと囲まれた人々を見回して
呆気に取られてしまう。
この光景をホームを行き交う人々が何事かと様子を窺っては
厄介ごとに巻き込まれないようにと思ってか、足早に通り過ぎて行く。

「――― そうだけど・・・。何か俺らに用でもあんのか」
見慣れた服装を着用している相手達に、エドワードは不機嫌そうに訊ね返す。
そのエドワードの返答で確認が終わったとばかりに、リーダー格らしい男性が
後ろに控えている部下達に顎をしゃくって声を掛ける。
「おい、お連れしろ」
「「「はっ!」」」
バラバラとエドワードの周囲に群がってきたかと思うと。
「ご無礼を致します」と詫びを入れて、エドワードの両脇から持ち上げてしまう。
「なっ!!! なぁにすんだよぉ~!」
「兄さん!」
慌てて兄に近付こうとしたアルフォンスを、リーダー格の男性が近付いて
何やら耳打ちをすると、アルフォンスはがっくりと肩を落として
連行される兄の後を大人しく着いていく。
「おい!アル、助けろよぉ~!」
両脇から二手に分かれて持ち上げられた格好のエドワードは、ジタバタと足を動かして
首を捻ってアルフォンスに叫ぶが、アルフォンスはきっぱりと首を横に振って告げた。
「兄さん・・・。仕方ないよ。大人しく着いていきなよ」
「なっ・・・、なんでぇ~!?」
エドワードの期待を裏切るアルフォンスの言葉に、仰天し叫ぶと。
「――― 大佐から上官命令・・・だって」
と無情な宣告を伝えたのだった。



連れられる車の中で迎えに来た軍人の話を聞くと、この数ヶ月、定期報告を
さぼっていたエドワードには、捕獲の指示が回っており、ここで捕まらなくても
他でも同様の対応を受けるらしい。

「だから言ったでしょ! せめて電話連絡位はちゃんとしなきゃってぇ」
プリプリと怒る弟の横では、仏頂面のエドワードは黙り込んで座っている。
「・・・兄さん。――― この前、大佐と何かあったの?
 前回いきなりイーストを出るとか言い出して以来、全然連絡もしなくなっちゃったでしょ?
 喧嘩したんなら、潔く謝った方が兄さんの為だよ?」
「なっ・・・。何で俺が謝らなくちゃっ!」
「兄さんが悪く無いって云うなら、大佐が何かしたわけ?」
冷静な弟の追及にエドワードは開けた口をパクパクと閉じながら、・・・結局、どう言えば良いのか
判らず口を閉ざした。

――― 言えねぇ・・・。まさか大佐に告白されて逃げてますなんて・・・。

むっつりと黙り込んだエドワードを見つめながらアルフォンスは肩を竦める。
そんな弟の心理は手に取るように伝わってくる。

――― どうせ俺が依怙地になっていかねぇとか思ってんだよな、こいつ。

そうじゃない。そうじゃないんだと言いたい気持ちをぐっと堪えて、エドワードは
近付いてきたこの地方の司令部の建物を見つめたのだった。




「こちらの電話をお使い下さい」
エドワードとアルフォンスへの対応は丁寧で親切だった。
ここの司令部の軍人には、きっと緊急の指令か何かがあるのだろうと位しか
思われていないのだろう。
出来たら掛けずに逃げ出したいところだが、背後にお目付け役のように立っている弟の手前
掛けないわけにもいかない。

――― ハァ~・・・・・・・。

内心、盛大な嘆息を吐きながら、エドワードは嫌々用意された電話の受話器を取る。
エドワードの頭の中には、数ヶ月前の奇妙な告白が浮かんでくる。
冗談だと、大佐特有の性質の悪い悪戯だと思っている反面、それが本当だったらと
思うと、背筋に冷たい汗が伝い落ちてくる。

――― まさか・・・。まさかだよな。

え~い、ままよ!と念じながら、記憶している番号を回す。
不在して居て欲しいと願う気持ちはあっさりと裏切られた。

『マスタングだが』

響いてきた覚えのある声に、ぐっと喉が詰まるが何とか息を整えて名乗りを上げる。
「・・・俺だけど」
『俺? 私の覚えている限り、俺様などと云う名前の知り合いはいないな』
不機嫌を滲ませたつっけんどんな相手の対応に、エドワードはあれ?と肩が落ちる。
「――― 鋼の錬金術師、エドワード・エルリックです」
大佐の対応に拍子抜けしたまま再度名乗り直す。
『さて? 余りに久しぶりなんで、該当者を思い出すのに時間がかかるな』
嫌味をたっぷり含ませた笑い声と共に言われた言葉に、エドワードの生来の勝気さが
触発される。
「やっぱぁ、年取ると物忘れが激しくなってのは本当らしいな。
 人間も三十路になると駄目駄目じゃん」
『――― 私はまだ2O代だ』
「へぇ~、それって後何ヶ月?」
ケケケと笑って言い返すと、電話でやり取りしている本人達の双方の背後から叱責が飛ぶ。
『大佐、どうでも良い事に話を逸らさないで下さい』
「兄さん! 仮にも上司の人に何て口きくの!」
多分、受話器越しにどちらの声も届いたのか、大佐の大きな嘆息が伝わってくる。
『中尉・・・どうでも良いとは酷いじゃないか。それにアルフォンス、仮にもとは何だ仮にもとは。
 ――― まぁいい。私も忙しい身でね。躾けの悪い野良を相手に説教している暇は無い。
 鋼の、一体どれだけ定期報告を溜めれば気が済むんだ。
 纏めて出すなと再三言ってるだろうが。これ以上溜め込むようなら・・・。
 ――――― 保管している文献は全て持ち主に返すが?」
たっぷりと間を持たせた最後の留めの言葉は、勝利の確信に満ちた声で告げられる。
「文献!?」
思わず飛び出した声に、電話越しにも相手の笑った雰囲気が伝わり、少々癪に障る。
『明日中に司令部へ出頭して報告書を提出する事。
 それが出来なければ、ここに保管している文献は全て借り受けた持ち主に即刻返却するからな』
ビシリと伝えられた言葉に、エドワードは受話器を持ちながらコクコクと頷いて聞く。
「直ぐ帰る! 明日の昼には着けるから、絶対に置いといてくれよな!!」
必死に懇願するエドワードの言葉には返事が無いまま電話は切られた。
「・・・やばい。まじ怒ってんな、あれは。
 こうしちゃおられないぜ」
受話器を捨てるように置くと、くるりと振り返りアルフォンスを急かして司令部を飛び出す。


走り出しているエドワードの頭の中には、数ヶ月前の出来事への警戒心なぞ微塵も
残ってはいなかった。



バタバタと騒々しい音を立てながら、司令部の廊下を走しって行く。
そんな二人を苦笑と共に見逃してくれてたのが、ここ東方司令部の軍人達だったのだが・・・。
いつもなら苦笑や温かみのある視線も、今日は妙に好奇の視線が多々含まれていたのだが、
目前のお宝に頭が一杯になっているエドワードには、気付けずじまいだった。


「大佐ぁ~! 文献!・・・文献、戻してないだろうな!」
挨拶よりも早く投げ込まれた声に、司令室のメンバーは苦笑をして受け取る。
「相変わらずだなぁ、大将」
「お帰りなさい」
掛けられる挨拶に返そうにもエドワードの息はかなり上がってて、手だけ軽く上げて
挨拶の返しにする。
「兄さん! ちゃんと挨拶してからって言ったのにぃ」
遅れて入って来たアルフォンスが兄を窘める。
「お前ら兄弟も相変わらずだよな。大佐なら奥の執務室に居るぜ」
「サンキュー」
ハボックの言葉に一目散に走り出すエドワードに、アルフォンスが慌ててトランクから
報告書を持ち出す。
「兄さん、忘れてるよ! 報告書! まずこれが先でしょ」
アルフォンスの言葉に足を止めたエドワードは、目にも止まらない速さで
アルフォンスの手から報告書を受け取ると次にはドアを潜っていた。
「あ~あ、ノックもしないで・・・」
兄の粗忽な行動に肩を落とし、アルフォンスは報告が終わりひと段落着くまで
馴染みのメンバーと近況を語り合う事にする。


「鋼の、ノックが先だと何度言えば」
「大佐、これ報告書! で文献は?」
ロイの言葉など聞いてもいないエドワードの言動に、ロイの米神に怒りのマークが刻まれる。
「鋼の。躾をマスターさせなければならないようなら、今日一日では足らないようだな、君の場合」
低い声で告げられた言葉に、流石のエドワードも渋々要求を突きつけるのは止める事にした。
「報告書が遅れてスミマセンデシタ」
棒読みの台詞をエドワードが読み上げると、ロイは溜息を吐きながら手を差し出してくる。
その手に急いで結構な量の報告書を載せると、エドワードはソワソワとロイの机の上に
視線を這わせる。
「・・・文献は、報告書の確認が終わってからだ。
 終わるまでそこに座ってなさい」
「えぇぇぇ~!」
ロイの言葉に異議有りそうな声をエドワードが上げると、ロイはジロリと視線一つ睨め付ける。
「・・・・・判った」
スゴスゴと引きながら、部屋のソファに腰を掛ける。
手持ち無沙汰に仕方なく、手帳の研究書をでもと胸元に手をやると。
クンクンクンと犬が匂いを嗅ぐように鼻がひくつく。
エドワードの鼻に届いてくる甘く香ばしい匂いの発生源ををと辿れば。
「・・・これって」
腰かけたソファの端に乱雑に置かれたロイの外套と鞄の横に、転がるようにして置かれている
紙袋が見える。
何気なく手を伸ばして取り上げてみると。
「―――うわぁ・・・。これってあの有名なドーナツ屋の店じゃん・・・」
と思わず驚きの声が上がる。
エドワードも一度は食べてみたかった店だったが、何せ人気が高すぎて開店数時間も経たずに
完売してしまうので有名で、まだ一度も口に出来た事が無かった有名店だ。
――― ゴクリ・・・。
と勝手に喉が鳴る。何せ夜通し乗り継いできたから、今朝からまともな食事にありつけていなかったのだ。

「――― どうした?」
そのロイの声にハッとなり、慌てて袋を元の場所に戻す。
「あっ・・・べ、別に」
口篭りながら居ずまいを正すエドワードの視線は未練そうに袋を窺うように動いている。
「ああ・・・。どうせお裾分けだ。いるなら食べると良い」
特に興味無さそうに言われた言葉に、エドワードの視線が上がる。
「えっ・・・。で、でも。――― 大佐の、貰いもんだろ・・・?」
妙な処で律儀な子供は、人の好意を掠めるのが気になるらしい。
「いや? お裾分けだと言っただろ。 司令部のメンバーが買い出しに行ったらしくてね。
 私にもと持ってきてくれたんだが、私は甘いものは然程食べないから
 貰っても食べないんで置いといただけだ」
「・・・食べないの?」
信じられないと云う表情でロイを見つめてくるエドワードに、ロイは気に掛ける風でもなく
ああ、と短い返答を返して再度、どうぞと勧めてくる。
「・・・・・じゃ、じゃあ1個だけ・・・」
結構大振りな袋の中には、エドワードの目を眩ませるほど魅力的なドーナツが
ずらりと並んでいる。
どれにしようかと散々頭を悩ませて、ごくシンプルな形の物を1つ取り出すと。
「――― 美味い~!!!」
と一口頬張って、感激の声を上げる。
「そうかね? 遠慮せずに食べると良い。固くなってしまったら捨てるだけだ」
信じられない嬉しい言葉に、1つだけと伸ばした手が2つめ、3つめへと動いて行く。



「うう~、満足ぅ~」
至福の表情でお腹を摩る頃には、袋の中身はすっかりとエドワードの胃袋へと消えていた。
「それ程、美味しかったのか」
そんな満足そうなエドワードへの問いかけに、エドワードは大きく頷く。
「もう最高! 生地はふんわりしてて中はしっとり。入ってるものも全部違ってて、
 こんだけ美味しいのって、俺食べた事がないぜ」
そう告げたエドワードの顔は満面の笑みが浮かび上がっている。
「・・・そうか、そんなに美味いなら私も味見してみよう」
そう言って立ちあがるロイに、エドワードは慌てさせられる。
袋の中身はすっかり空っぽ。今更戻せるわけも無い。
「た、大佐・・・。ゴメン、俺全部食べちまった・・・。
 明日でよければ買ってくるから」
気まずそうにそう告げるエドワードの傍まで来たロイは、エドワードのその言葉に
特に気分を害した風もなく。
「いいや、構わないよ? ――― 味見程度なら、これで十分・・・」
すっと伸ばされた手でエドワードの頬を持ち上げると。

――― ペロリ ―――

と、エドワードの口元に付いている砂糖を嘗める。

「・・・本当だな。上質の砂糖を使っているのか、甘さもくどさが無い。
 君が気に入ったなら、また買って来させよう」

そう言って自分の隣に腰掛ける相手に、エドワードは固まったまま茫然と視線を向ける。
「どれ、もう少し味見をさせてもらおうかな」
そう言って伸ばされた腕を認識した瞬間。


「ウッギャァァァァァーーーーー」
怪獣のような悲鳴を上げつつ、ソファから転がり落ちるようにしてエドワードが
部屋を逃げ出して行った。

「くっくくく。お子様は引っ掛けやすいな」

嬉しそうなロイに、不埒な!と怒りの制裁が落されるのは、この後直ぐのことだった。





 ●●● ~ 好きなあの子を振り向かせる方法 ~ ●●●




★ Act3 『恋の始まりは楽しく』



―― ガヤガヤ  ザワザワ ―― 

と雑踏の騒がしい中、それよりも騒々しい兄弟が歩きながら議論を討論し合っている。
が、擦れ違うのはほんの一瞬。最初に目にした時以上の関心を払う者もいない。

「だ~からっ! あの工程には無理があるってぇ!」
「えぇ~、面白そうだと思ったけどなぁ・・・」
大袈裟な身振りのエドワードと反して、アルフォンスは小さく首を傾げて
控えめな異議を申し立てしてみた。
「省略、簡素化、大いに結構! ・・・でもなぁ~、絶対に省けない過程も
 有るんだよなぁ~」
そう言って語り出したエドワードの言葉に耳を傾ける。
直情的で超猛突進な兄ではあるが、錬金術への閃きは他者に追随を許さない才能を持ち合わせている。
今も語っている内容に耳を傾けていると、自分の見落としていた点を簡単に
打破して行く兄の理論が打ち立てられて行く。
「・・・その点を省かずやろうと思ったらぁ。
 ――― まぁ、俺らが探しているモノと同様の媒体か、エネルギー媒質・・・、
 結局、・・・・・・それが必要になってくるってわけだ」

そう云って苦笑してみせる兄の表情には苦渋が濃く刻まれている。
「・・・そっかぁ~。――― やっぱり、簡単にはいかないもんだね」
その兄の表情から間違う事無く心情を汲み取ったアルフォンスは、小さく呟いて返すだけに止める。
才能は溢れるほどある自分達だ。そう言ってしまえば、市井の錬金術師には傲慢だと窘められるだろう。
が、・・・真実はそうではない。
溢れるばかりの才能だけあっても、――― 人は、何も成せはしないのだ。

――― 人は神には成れず、神を越せる事も無い。―――
 
その真理の前には、どれだけ人として能力や才能が溢れていても、所詮は塵芥の存在にしか過ぎない。
兄・・・、エドワードはその真理に、――― 誰よりも早く到達した天才だろう。
それが悲劇を招いた代償だったのかもしれない。

それでも前へと進むことを決意した兄を、アルフォンスは心から尊敬している。
そして、少しばかりの哀しみも抱きつつ・・・。

追いかけ、追いつきして着いて行こうとしても、兄、エドワードはまるで飛び石をするように
先へ先へと行ってしまう。
それを悔しいとは思わない。尊敬し、崇拝している人が成長していく姿を傍近くで
見続けるれるのは、多分、自分だけの専売特許だろう。
が、いつまで・・・自分は兄を助けて行けるのだろうか。
兄の背に生える蜻蛉の羽根は、自分達兄弟の罪業を背負えるほどは強くない。
いずれ、兄は自分が抱える荷の重さに羽を休める時が必要となるだろう。

――― その時果たして、自分で分け合ってやることが可能なのだろうか・・・。

遠くない未来に思いを馳せて、胸の内で深く嘆息を吐いていたアルフォンスだったが、
それは杞憂だと・・・最近は思えるようになったのだった。


カラ~ンカランとドアベルが鳴るのを聞きながら扉を開けると。

「遅かったじゃないか」
と、聞き慣れた声が二人に掛けられる。
「あっ、大佐。こんにちは~」
ドアの傍で固まっている兄をおいて、アルフォンスは和やかな挨拶の言葉を口にする。
「やぁ、アルフォンス、久しぶりだな。どうだ、変わらずに過ごせているか?」
「ええ、おかげさまで。兄さんが無茶ばかりする事以外は、特に今回はトラブルにも
 巻き込まれていませんし、起こしても居ませんから」
アルフォンスの言葉に、ロイは笑って鷹揚に頷いて返す。
「鋼のの無茶は、もう彼の身上のようなものだから仕方が無いさ。
 君がしっかりと監視してくれているからこそ、最小限で食い止められていると
 皆が喜んでいるよ」
「そんなぁ~」

まるで司令室で交わされる会話の延長のような二人に、エドワードはワナワナと身体を
震わせながら怒りに耐えていた。
「おや? どうした鋼の。えらく大人しいと思えば、震えて・・・。
 そうか、どうせ君の事だ。昼ご飯も抜いて理論の検証でもしていたんだろう」
お見通しだと云うように告げるロイの言葉に、米神に浮いた血管が切れる前に
アルフォンスが答えを与えてしまう。
「大佐、凄いですねぇ! そうなんですよ。僕が何度言っても聞かなくて困ってたんですが、
 兄さんたら、今日も朝にパンを齧っただけで資料を漁ってたんです」
「・・・それはいけないな。元より発育に問題があると云うのに・・・・・」
はぁ~とわざとらしく落された溜息に、エドワードの我慢していた口も開いてしまう。
「どぁ~れが!!! 喰っても喰っても栄養は脳みそ限定のお子様かぁ~~~!」
まさにロイに飛び掛ろうとした寸前のエドワードを、アルフォンスは慣れた動きで持ち上げると
軽くいなしてくる。
「はいはい。そんなに騒がないの。他のお客さんにも迷惑だよぉ~」
「はいはいじゃないぃぃぃ!
 お前もお前だ! なぁんで、普通に挨拶とかしてんだよ!
 ここは東方じゃないんだぞ? 少しはこの状況をおかしいとか思わないのかよ!」
両脇を持ち上げられたエドワードは、首と足だけは威勢良く動かして抗議してはいるが、
それはどう見ても、小さな子供が駄々を捏ねているようにしか映らず、周囲には温かな苦笑が広がって行く。
そんな兄を抱えているアルフォンスと云えば、兄の抗議の言葉に小さく首を傾げると。
「ええぇ~? ・・・兄さん、今更だよ。少しは学習しなよ」
と、簡単に諭してしまう。
そんな兄弟のやり取りを待ち、ロイはガタンと椅子を引いて立ちあがると。
「じゃ、今日は時間も遅いから、そろそろ行くとしようか」
「はい。宜しくお願いします」
と、アルフォンスの手からロイへと引渡しされる。

「ちょ、ちょお待て! 俺は行くとは一言も・・・!」
ロイに正面から持ち上げられたエドワードが、最後の抵抗とばかりに叫んでみるが。
「鋼の・・・。男の約束に二言はない ――― そう言ったのは君だろ?」
目の前に持ち上げられ、そう念を押してくるロイにエドワードは叫び続けようとした口を閉じ、
バタつかせていた手足を力なく垂れる。
「じゃ、行ってくるよ」
大人しくなったエドワードの様子に、ロイはごく当たり前のように抱き上げて出口へと向かって行く。
「はい、宜しくお願いします。兄さん、一杯食べておいでよね~」
と、アルフォンスはひらひらと手の平を振って見送るのだった。

パタンと閉じられた扉の中では、アルフォンスはホッと肩を落としていた。
これで少なくとも今日は、兄はお腹一杯になって帰ってくるだろう。

アルフォンスの知るロイ・マスタングと云う大人は、時に気まぐれを起こしはするが、
最後まで責任を貫く相手だとも解っている。
そんな相手に見込まれた事は・・・兄にとっては良かったことなのか、災厄だったのか・・・。
その先行きこそが神のみぞ知るなのだろうと、心の中でつぶやいたのだった。


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